
冷たい床を踏み行けば、夜の工場に足音が響く。手にした懐中電灯で行く手左右を照らしながら、制服の男はほうと息をついた。
「ここも異常なし、と……」
雇われ警備員の彼にとって、終業後の工場の見回りは日課の一つだった。照明の落ちた構内を施錠の確認をしつつ周り、日誌のチェック表を埋めてゆく。それは極めて退屈で変わり映えのしない日々であったが、それが自分の人生なのだと男は悟っていた。そして今日も今日とてこの込み入った工場を、一人とぼとぼと歩いている。身の丈以上の機械が並ぶ加工場を一巡し、男は再び日誌を開いた。
「第二工場、異常なし」
きっと明日も明後日も、同じことを記すのだろう。そんなことを思いながら、紙面にペンを走らせる。そして出入り口に戻るべく、踵を返した――その時だった。
「……!?」
カッと眩いばかりの光が、暗がりに沈んだ工場を照らした。唸るような起動音が工場のあちこちから聞こえ出し、止まっていた機械達が一斉に動き出す。
「な、なんだなんだ!?」
彼の他には誰もいないはずなのに、一体何が起きたというのか。システムの誤作動というには余りに大規模な現象に目を白黒させながら、男は胸ポケットの携帯電話を取り出した。するとその足元を突然、黒く巨大な影が覆う。
「……え?」
激しい衝撃と音と共に身体が壁に叩きつけられ、指から零れた携帯電話が床を転がった。何が起きたかも分からぬまま、男はその場に息絶える。煌々と点る照明を受けて、黒くギラギラとうねるもの――それは無数に寄り集まった、冷たい金属の塊であった。
●COLD & BLOOD
「夜分遅くにお呼び立てして申し訳ありません。茨城県土浦市にある産業機械工場の一つが、ダモクレスに占拠されてしまったことが分かりました」
余り時間がありませんので手短に、と言い置いて、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は切り出した。翡翠の瞳には緊張に混じって、悔恨の念が見て取れる。
「宿直の警備員の方が一人、工場の巡回をしていたのですが……残念ながら既に、ダモクレスの手によって殺害されてしまったようです。敵は工場のシステムに侵入し、高度にオートメーション化された設備を我が物にしようとしています」
その目的は、ただ一つ――ロボット型ダモクレスの大量生産に他ならない。万が一にも敵の機械工場が完成を見れば、彼らはより効率的に、そして高度に、周辺住民の機械化改造を進めて行くことだろう。そうなれば工場の周辺一帯がダモクレスの一大拠点となってしまうだろうことも、想像に難くない。
「そうなる前に工場に潜入し、システムを支配しているダモクレスを討伐して頂きたいのです」
敵は、無数のマイクロチップから成る不定形型のダモクレス。状況から推察するに、工場の全てのシステムを集中管理する『中央制御室』を占拠しているものと思われる。武器らしい武器は持っていないものの、自在に変形する身体はそれそのものが武器のようなものだ。一度侵入者の存在が明らかとなれば、それは全システムを総動員して排除に掛かることだろう。中央制御室に辿り着くまでにも、何らかの妨害があると見て間違いない。
「この工場が完成すれば、今以上に多くの人々がダモクレスの手によって機械化されてしまうでしょう。そうなることが解っていて、放っておくことなど出来ません――犠牲となってしまった人の死に、報いるためにも」
そう言って悔しげに唇を噛み、セリカは瞼を伏せる。
世の為、人の為に築かれた設備が、悪用されるその前に。
注ぐ月明かりの下、寝静まった街にヘリコプターの羽音だけが響いている。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() トレイシス・トレイズ(アスクレピオスの徒・e00027) |
![]() 十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031) |
![]() コーデリア・オルブライト(地球人の鹵獲術士・e00627) |
![]() 四十九院・スケキヨ(パンプキンヘッズ・e01109) |
桐嶋・浅葱(天地晦冥・e02354) |
![]() 赤松・真治(地球人のブレイズキャリバー・e02820) |
グラディウス・レイリー(黒死鳥・e16584) |
菅・五郎左衛門(オラトリオのウィッチドクター・e16749) |
●忍ぶ夜
時計の針は天頂を越え、午前二時を示していた。真円を描く月は雲の裏側に隠れてしまったが、降下先に迷うことはなかった。遠く照り返す霞ヶ浦の湖面よりも、遥かに煌々と輝くもの――眠らない工場が、闇夜に不気味な光彩を放っていたからだ。
「深夜に無人で動く工場か……まるで怪奇現象の様だね」
広大な工場の敷地内に降り立って、四十九院・スケキヨ(パンプキンヘッズ・e01109)は降下の衝撃でズレた南瓜の被り物を直した。歩く怪奇現象のような出で立ちに反し、その言動は常識的である。
「他者が築いた既存システムを活用しての戦力増強、とは。さすが機械だ、無駄がない」
軽く肩を竦めて、桐嶋・浅葱(天地晦冥・e02354)は呟いた。感心したような言葉の半分は本心、もう半分は皮肉だ。成功すればの話だがと加えて、男は刀の柄に手を掛ける。
「思惑全て、塵芥より無価値にしてやろう」
幅広の道路を挟んで左右には二つの工場が併設されていたが、稼動しているのは左側の一棟だけらしかった。目を凝らして見ればその壁には、『第二工場』の文字と錠前の外れた扉が確認できる。
「どうやら、あそこから入れそうだよ」
スケキヨの言葉に、仲間達は言葉少なに肯いた。恐らくは巡回の警備員が、ここから中へ入って行ったのだろう――そして彼は二度と、この戸を潜ることがなかった。
重苦しい沈黙の中、入口脇に据え付けられた工場の見取り図を頭に叩き込んで、ケルベロス達はトレイシス・トレイズ(アスクレピオスの徒・e00027)を先頭に工場へ脚を踏み入れて行く。
「機械相手に効果あるか知らんが、まぁやらんよりはましでしょうかな」
かつて読本で得た知識を手繰り寄せながら、グラディウス・レイリー(黒死鳥・e16584)は抜き足差し足、臙脂に塗られた工場の床を踏む。これだけの工場だ、監視カメラはあちこちに仕掛けられているのだろうが、それでも堂々と入って行くよりはマシな筈だ。
大型機械の組立場だろうか、入口を入ってすぐの区画には使途の解らない巨大な金属の加工品が所狭しと並んでいた。足元に並ぶ小物部品を踏んでしまわないよう留意しつつ、十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)は影から影を縫うように進んで行く。そしてやや訝しげに、後続を振り返った。
「ところで、それは一体?」
「潜伏といったらこれだろう?」
俺は潜入のプロになりきるのだ。そう自信満々の笑みを返して、赤松・真治(地球人のブレイズキャリバー・e02820)は、頭から被ったブルーシートを小さく――あくまで目立たないように――ぱたつかせた。寧ろ目立っているような気がしないでもないが、見つかる時は見つかるのだからまあ、同じことだ。
そして種々の機械達が奏でる轟音の中、監視カメラに目を光らせながら暫く行ったその時、けたたましい警報音が鳴り渡った。
「見つかった……!?」
カメラに捉えられたのかそれとも、赤外線にでも引っ掛かったのか。立ち並ぶ機械の上方で、真っ赤なランプがぐるぐると回り出した。急ブレーキを掛けたコーデリア・オルブライト(地球人の鹵獲術士・e00627)の足元から、ミミックが大口を開けて躍り出る。
「!」
ばちん、とショートするような音と共に、黄色い火花が宙を舞った。噛み千切ったコードを吐き捨てて、ミミックはぴょんぴょんと興奮気味に飛び跳ねる。隠れるよりも暴れたい、好戦的な性質はお互い様であるが――はぁ、と小さく溜息をついて、コーデリアは分厚い本の頁を開いた。
「見つかっちゃったら、やるしかないわね」
乾いた銃声が響き渡り、監視カメラの残骸が通路に落ちて砕け散る。ふっと銃口の煙を吹き飛ばし、菅・五郎左衛門(オラトリオのウィッチドクター・e16749)は笑った。
「斯くなる上は、突破あるのみってな」
十字に続く通路の四方から、赤や黒のケーブル類がうねりながら押し寄せる。二振りの刀を左右同時に抜き放ち、トレイシスはその束を斬り払った。
「バレたのなら、話が早い」
最短距離を堂々と、切り拓いて進めばよい。行くぞと鋭く叫ぶ声に、猟犬達が呼応した。
●LOVELESS CODES
「俺は、コードネーム:ジャッカル。ミッション中はそう呼べ!」
派手な仕種でブルーシートを脱ぎ捨てて、真治は両腕を広げた。光宿す左腕と闇を纏った右腕がケーブルの束を引き千切り、海が割れるように道が開く。こっちだと導く声に従って、ケルベロス達は中央制御室へと舵を切る。そんな中、五郎左衛門は一人その場に足を止めた。
「どうした?」
「いや……」
振り返った浅葱に、医師は眉間の溝を深くした。不意に鼻をついた血の匂いに、浅葱もまたはっと息を詰める。行き過ぎた通路の左手には、物言わぬ骸が静かに横たわっていた。
「後で必ず、戻って来るからな」
脱いだ白衣を警備服の男に掛けてやり、男は悔しげに唇を噛んだ。急げ、と厳しくその背を追いたてながら、トレイシスもまた苦渋の表情を浮かべる。そして自身に言い聞かせるように、紡いだ。
「……あれはただ、不運なだけだったのだ」
彼が悪いわけでもなく、周りに罪があるわけでもない。憎むべきは、身勝手な目標の為に一人の命を奪った機械達だ。
これ以上、好き勝手はさせない。
今宵この身を刀として、全てを終わらせる――それが、亡き命へのせめてもの餞となるのだから。
「機械の反乱ね。ダモクレスの想いも知りたいけれど……それ以前の問題かな」
駆ける足は止めぬまま、ケーブルの群を振り返って泉は呟く。
「どうせ確認なんて、できないだろうけど」
一握の興味と、そして諦め。寂しげな笑みを唇に乗せて、青年はギターの弦に指を掛けた。紡ぐ歌は、追憶を断ち切る勇壮の調――敵の追撃を退けながら、ケルベロス達は一塊に工場内を駆け抜ける。しかし蠢くコード達は至る所からその鎌首をもたげては、彼等の行く手に群がってくるのだ。
「くっ……塞がれたか」
十字の分岐点で足を止め、スケキヨは素早く四方を見渡した。多少距離はあるが、前後左右どちらを向いても、通路の先にはうねるケーブルの姿が確認できる。構内の見取り図こそ確認はしてきたものの、似たような通路、似たような機器の並ぶ工場内で現在地を正確に把握することは至難の業だ――ケーブル達を突破したとしても、制御室に辿り着けないのでは意味が無い。しかしそこで、コーデリアがあることに気付いた。
「……解った! あっちよ!」
淀みのない声が示すのは、進行方向の右手。一斉に道の先へと目を向けて、ケルベロス達は得心する。ダモクレスがわざわざリソースを割いて彼等の進軍を妨害するのは、偏に彼等を制御室に近付かせたくないからだ。ならば制御室は、妨害の最も激しい方角にこそある筈――此処へ向かうヘリオンの中で、ケルベロス達はその認識を共有していた。つまり最も敵の数の多い道の先に、制御室があるのだ。
「突き破るぞ!」
仲間達に呼びかけて、浅葱は宵色の尾を振り上げる。一払いにケーブル類を薙ぎ払うと、続く道の先に工場の照明とは少し違った明かりが見えた。規則的に並んだ青い輝きは計器類のもの、即ちそこが制御室だ。
「在った……!」
ぞわりと、不気味な風が背を撫でた。蛇の如くに一行を追撃していたケーブル類が、次々にしなびて冷たい床に横たわる。そして波音にも似たノイズが、どこからとなく聞こえてきた。
「さあて、漸くお出ましだ」
にっと口角を歪ませて、グラディウスはコンクリートの床を蹴りつける。彼等の行く手を阻むように、硬質な輝きが冷たい金属の山を成す――それこそが今宵の宿敵、ダモクレスだった。
●機械達の挽歌
「我が魔力の全てを貴様に喰らわせてやろう――散れッ!」
天井クレーンの梁近くまで跳び上がって落下しつつ、グラディウスは素早く呪言を紡ぐ。魔光はダモクレスの山を貫いて、石となった一部がぱらぱらと床に零れ落ちた。受身を取って白線の上に着地すると、その背を跳び越えて真治が躍ぶ。
「JUST, DO IT!」
大きく息を吸い込んで、青年は右腕を振り被った。力強い言葉の通り、そこには技量も、理屈もない――在るのは己が身体と、魂のみ。渾身の力で叩き付けると、ダモクレス達が一気に散開する。
「不定形とはやり難い……効いているのか?」
逃げるように散ってしまうチップの群を見やり、トレイシスは僅かに眉をひそめた。しかし真治はにやりと笑むや、いやと小さく首を振る。
「そうでもないらしいぜ」
叩き付けた床の上には潰れた金属片が飛び散っていたが、それに加えて解ったことがもう一つある。無数のチップの動きには、二つのパターンが読み取れた――即ち衝撃を受けて拡散するものと、敢えて一箇所に固まるものがあるのだ。成る程と数度肯いて、五郎左衛門は言った。
「核みたいなモンがある、ってワケだ」
恐らくは寄り集まったチップの中にこそ、ダモクレスにとって触れて欲しくないものがあるのだろう。ならばと銃口を一点に向け、医師は掴み所のない笑みを浮かべた。
「俺の牙は確実にお前に着弾するぜ? 磁力を利用すんのが仇になったな」
尤もそうでなくともこの弾は、百発百中と嘯いて。引き金を引けば二丁拳銃が火を吹いた。ガキン、と硬質な音を立てて金属塊は弾丸を弾いたが、その中枢で蒼い火花が散るのが視認できる。しかしそこは心持たぬ機械、傷がつこうと抉られようと、敵は怯むことなく向かってくる。
「つまらん奴だ」
挑発のし甲斐もないと舌打ち一つ、小馬鹿にしたような笑みを口元に浅葱は刀の峰を返した。回る警告灯の光を受けて、抜き身の刃が真紅に染まる。
「最適解しか選べぬようではじき見切られるぞ――こんな風にな!」
赤い光が、輝く刃をすり抜けた。物質の束縛を離れた刀はダモクレスの本体に入り込み、その内側から斬り払う。そこで敵は、反撃に転じた。
「!」
無数のチップが核を中心に廻り始めたかと思うと、敵はその身体を鋭利なドリルへと変えた。高速で突っ込んでくる塊を辛くも二本の刀で逸らしたものの、浅葱の腕からは鮮やかな赤が迸る。しかし接敵は逆に、こちらの好機でもあった。
「元の姿に戻ると良い」
水に沈んだ色の無い硝子、その皹を捉えるが如く的確に。研ぎ澄ました殺意の鏃が、敵の中枢に突き刺さる。再び散開した金属片の動きを注意深く追って、泉は問うた。
「ダモクレスの見る夢とは、どんな夢なのでしょうね?」
この言葉は届いているのか、それとも全ては記号なのか。確かなことは何一つないけれど、語るだけなら自由だろう。群れる機械の向こう側にまだ見ぬ敵の姿を望み、青年は微笑む。
「戦いながらでも、話そうか」
紡ぐ魔法で其の鉄と、流れる此の血が混じり合う歌を。
腕に纏うデウスエクスの黒き残滓が、鋭い槍と化してチップの群を貫いた。負けじと旋回するダモクレスはその身を無数のミサイルに変えてケルベロス達へと注いだが、その爆風も五郎左衛門の放つ癒しの雨に打ち消される。タンと軽やかに後退して工作機械の上に立ち、コーデリアは目を閉じた。
(「起こった事は、変えられないもの」)
被害が出る前に対処できれば勿論それが一番よかった。亡き人を思えば眉間には苦悩が溝を穿つが、詮無いこと――救うこと叶わなかった今、彼女達に出来るのは目の前の敵を倒すことだけ。弱気を表に出してしまえば、勝てる戦いも勝てないのだ。
キッと瞳を見開いて、少女は叫んだ。
「行くわよ!」
睨み付ける視線の先で、ダモクレスの核が暴発する。バチバチと激しく火花を散らす塊へ向き直り、スケキヨは古びた魔導書の頁を繰った。
「君達にも見られる、素晴らしい悪夢を提供しよう」
白紙の頁から湧き上がる靄が、無数のチップを一所に纏め上げてゆく。白いゴーストと甘やかなる菓子、奇術めいた幻影を見せて怪人は告げた。
「フライングだがハッピーハロウィンといった所だよ――遠慮無く味わい給え!」
光り輝いた幻の中で、それは終ぞ動きを止める。夢から覚めるように幻が引いてゆくと、最早動くことの無い金属の粒達はざらざらとその場に零れ落ちたのだった。
●それでも朝は、やって来る
戦いを終えた工場の内部は、今しがたの喧騒が嘘のように静まり返っていた。天井の照明はふつりと落ち、狂ったように辺りを照らしていた警告灯も、けたたましいアラームも止んでいた。
ふ、と充足感に口元を緩めて、真治はダモクレスの残骸を掬い上げる。
「ジャッカルは、死肉を漁るのさ」
「一体、彼等は何を想っていたんでしょうね……」
一転して暗がりに沈んだ工場の中、星明りを頼りに残骸を見詰めて泉は憂う。彼等が何故にこの地球へ降り立ったのか、そこに心は、存在したのか――今となってはもう、想像に頼るより他にない。
そうだと来た道を振り返って、浅葱が言った。
「もう一つ、仕事が残っていたな」
ダモクレスの支配下に置かれた電線達に追われて、通り過ぎた通路の横道。倒れたその姿を思い起こして、コーデリアは無意識に拳を握り締める。彼女達のせいではない――しかし解っていても、胸の透くような終わりではなかった。ぴょこぴょこと跳ねてゆくミミックの姿を追い掛けて、少女は漸く口を開く。
「行きましょう」
警備員の遺体は見つけた時の姿のまま、機械と機械の間の通路に横たわっていた。後頭部から血を流してはいたがそれ以外に外傷はなく、それが却って痛ましい。骸の傍らに屈みこんで、呟くようにトレイシスは告げた。
「間に合わず、すまない」
開いたままの瞳が、光を映すことは二度とない。そっと瞼を押し下げてやり、スケキヨは言った。
「工場の安全は守ったよ。……どうか安らかに眠ってくれ」
彼がこの仕事を好いていたのか、そうでなかったのかは知る由もない。けれど毎夜実直に見回りを続けた彼ならば、きっと心配しているだろうから。
遣る瀬なげに細めた瞳は、南瓜の面に隠れて見えることはない。ガラガラと扉の開く音に顔を上げると、五郎左衛門が携帯電話を片手に最寄の出入口から戻って来る所だった。
「連絡はついたのか?」
「ああ、警備会社に話をつけておいた」
グラディウスの問いに応じて、医師は苦い表情を浮かべた。後は放っておいても会社が対応してくれるだろう。しかしこのまま立ち去る気にもなれず、倒れた男の傍らに座り込む。
「なあ。アンタの夢は、何だった……?」
返る言葉がないのを知って、尋ねた声が暗い天井へ吸い込まれてゆく。見上げる窓の向こう側は僅かに白み、夜明けが近いことを告げていた。
「夜明けが見られる奇跡、か」
今日この眼に映る朝焼けが、明日も同じに映るとは限らない。
誰にも等しく明日があって欲しいものだ――祈るように呟いて、青年は静かに目を閉じる。垂れ込めた雲の晴れた後、明け行く空には白く儚い月が浮かんでいた。
| 作者:月夜野サクラ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2015年10月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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